2月3日の朝が明けました
昨晩、城北中の合格をいただいていたので、かなり気が楽になっていました。ここまで来ると、なるようになる、運を天に任せる、という境地です。
とりあえず本日は試験に出かけない、という不思議な感覚で、夫が「今日は家にいるんだよね」と言いながら仕事に出かけました。
息子は、少しゆっくり目に起きて来ましたが、さすがに計算練習などはしませんでした。しかし、これまでの癖なのか、緊張感が続いているためか、なんとなく「知識の総完成」プリントとコアプラスをめくっていました。
早大学院の入試を振り返って
3日の朝になって、今日はお休みということになると、息子も2月1日の試験を振り返り始めました(勝手に)。結果が本当に気になるんだと思います。時間があると、いろいろ考えるのは子供も一緒みたいです。
「模試などを何回も受けているので、形式には慣れていて落ち着いて出来たと思う」「あと、1月に2回受験していたし、試験にも慣れていたので、今日は3回目という感じで緊張しなかった」「休み時間が結構あって、トイレは混んでいるけど、少し気分転換になった」
「国語はいつもどおりな感じだった。形式も、手応えも」「算数はかなり難しかった。結構やばいと思う。捨てた問題が予想より多かった」「社会と理科はだいたい同じようだった」「社会の最後まで見ていたプリントからは出なかった・・・」
などと珍しく色々話していました。
何かをしていないと落ち着かない
朝食をとったあと、何もしないのももったいないので、本郷の過去問をやろうと息子に話し、算数の問題をゆっくり1時間くらいかけて前半の問題をやったり、国語の問題で手をつけていないのをやろうということにしました。
本郷の過去問は、10〜11月で数年分やったのですが、最低得点ラインになかなか届かず、取りこぼしが多かったです。息子は、そんなに難しいとは感じていなかったようですが、何せ合格ラインが高い「高得点勝負」タイプの試験なので、なかなか合格ラインに届かず、「相性が悪い」と判断してあきらめた経緯があります。かなり気に入っていた学校なので、何とかならないかと思いましたが、早大学院に対策をしぼるしかないと判断していました。
まさか試験の最終盤で本郷の過去問に向き合うとは思いませんでしたが。
やっぱり気もそぞろです
息子は自分の部屋で取り組み始めたものの、さすがに手につかなかったようです。算数はほんの少しだけやって、リビングに来てしまいました。
結局、11時の発表を前に、再び親子でスマホの前に集合しました。
今回は、息子自身が結果を確認するということでした。
リンク先を開いて、時間前に息子にスマホを渡しました。
いよいよ発表時間です。
私は、もしもの時に息子にかける言葉を反芻していました。息子は泣いたりするタイプではありませんし、またこれまでに城北・立教新座から合格をいただいているので、「残念でした」という感じて済むような気もしました。
それでも、これまで半年以上は第一志望としてがんばって目指してきた学校です。
また、NNにまで参加してがんばってきました。
なんと言ったらいいのでしょう?
上の子が受験した時、2月1日校にご縁が無くて、涙を流していたのを思い出しました。やはり五分五分のチャレンジで、合格判定も40〜60%の間でした。その時、どんな声がけをしていたのか、全然思い出せません。私も一緒に泣いていたのは覚えていますが、改めてどんなふうに声をかけるか・・・頭の中でぐるぐるしてきます。
「残念だったけど、紙一重だったと思うよ。一生懸命がんばってきたのは、お母さんも、先生もみんな知っているから。第一志望を貫いて受けられただけでもすごいことだよ。くやしいね。でも本当によく受験生をやりとげたね」
みたいな言葉を考えてはいましたが・・・。考えているだけで動悸が・・・目頭が・・・。
どうしたらいいか分からず、どんどん緊張感が高まります。
そして、発表時刻の11時になりました
息子がスマホ画面を確認します。
じっと見ていました。
私は焦りつつ、涙目になりました。
息子が、うん、と言ってスマホを私に手渡しました。
私は、息がつまりながらスマホを受け取りました。
合格(涙)〜。
息子とハイタッチして喜び、そして、すぐに夫に電話したのでした。
夫は、「えー!本当!?」と驚きつつ大喜び。「逆転合格だな」と余計なひとことを言っていました。夫には、この後、食事をして、すぐに二人で早大学院に行って書類をいただきに行くことを伝えました。結構忙しいです。
家にいた上の子も、結果にびっくりしながら、とても喜んでくれました。
そしてすぐにサピックスにも連絡すると、担当の先生が大喜びしてくれました。
あわただしく昼食の準備をして、12時過ぎに家を出ました。
電車の中で、ぼーっとして、ただただありがとうございます、という気持ちになりました。脱力して、電車を降りようとする時にうまく立てませんでした。本当にありがとうございました。